自分にできること――それは、誰にもバレないズルをすることだ。
 私は――相手ピッチャーによって放られた球が、ゆかりの振ったバットめがけて飛んでいくように、動かした。

 カキンッ――音と同時に走る。

真芯を貫かれたソフトボールは、内野に転がる。

サードの女の子がそれを拾いに行く。

私は、サードの女の子の手にあるグローブと転がったボールを操作して、エラーを誘発させた。

ああっ、と周囲がどよめいた。

 ゆかりと私が、塁に出る。

親指は痛くない。

――ただ、胸が苦しかった。

 もう私にはボールしか見えない。

バッターボックスには四番の上様が立った。

その構え、眼差しは、本当に、武士か将軍様のようにも見えた。

 ピッチャーが、ボールを投げる。

私は、再び操作する。

 二人に対する裏切りであることは分かっていた。

私の頬を涙が伝った。

親指は痛くなかった。

 それでも――私は、二人を守りたかった。

 

 上様が打った。

スリーランホームランだった。

私とゆかりは沸騰したようなベンチに帰り、上様を出迎えた。

 そして、本当に大丈夫なのかという安藤先生のくだらない心配を切り伏せて、私は最終回の守備についた。

ゆかりに向かって座り、サインを出し、バッターが見逃したボールを受け止めた。

その瞬間だった――ばきっ、という嫌な音が、左手に嵌めたキャッチャーミットの中で鳴った気がした。

 完全に予想していなかった。

どれだけ考えて想像していたところで、結局人は無防備な瞬間をさらけ出してしまうのだった。

私は、けれど――堪えきった。

左手からこぼしかけたボールを、空中で、慌てて右手でキャッチし、ゆかりに投げ返した。

ゆかりが首を傾げたけれど、私は笑ってごまかした。

その私の笑顔は絶対に笑顔などにはなっていなかったけれど、マスクのおかげでバレてはいない。

 二度目はない――もう一球たりとも、この左手でキャッチなんてできない。

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