世界が弾けたようになる。

私は無我夢中でうずくまる。

指を押さえる。

 自分自身が心臓そのものになってしまったかのように、どくどくと全身が波打つ。

目をつむる、開く――どうすれば世界が見えるのか、まるで分からない。

 ただ頭の片隅で、デッドボールだ、という言葉だけが何度も何度も再生される。

 デッドボールで、それはつまり、自分は出塁してもいいということで。

「猫ちゃん!」

 私は、目を見開いた。

グラウンドが小さく湿っていた。

雨かと思った矢先、それが自分の涙と汗によるものであるということに気がついた。

私は顔を上げた。

ゆかりと目が合った。

 左手が、私を殺そうとしているかのような、猛烈な激痛を叫んでいた。

「猫ちゃん! 指、見せて」

「だいじょうぶ」

「大丈夫とかじゃないの、見てもらわないと、」

「だいじょうぶ」

「でも、」

「大丈夫だからッ!」

 叫んでいた。

ぶっ倒れそうなほど、左手の親指が痛かった。

「見せなさい」

 審判の男の人が、私の顔を覗き込んできた。

 私は――裁判の舞台に上る死刑囚の気分だった。

もしもここで私が降りたら――私たちは負けるだろう。

私のリードでなければ、ゆかりは上越ソフトボールクラブの打線を抑えることなどできないはずだ。

私は静かに深呼吸し、立ち上がり、バッティング用のグローブを外すと、左手を差し出した。

 指は真っ赤に腫れていた。

私は全身に力を込め、胸中で叫んだ――耐えろ、と。

 嘘をつけ。

全てを騙せ。

自分すらも、騙しきれ。

 折れてない――折れてない折れてない折れてない折れてない折れてない折れてない。

 絶対に私の人差し指は折れてない。

 だって折れてたら――ゆかりのボールを受け止めきれない。

 お願いします――お願いです、神様お願い、お願いだから――

 審判の男の人が、私の親指に触れた。

その瞬間――私は、左腕がなくなったと思った。

驚きに、目を見開き、眉を潜めた。

「痛い?」

「……痛くありません」

「本当に?」

「はい」

 ――本当に痛くなかった。

痛いとかそういう問題じゃなく、触られていることが分からなかった。

ただ脂汗は出続け、自分がやせ我慢しているということだけは分かった。

それを悟られまいと、全力でただ立ち尽くしていた。

「折れては、いないみたいだね。でもヒビが入ってるかもしれないから、」

「だいじょうぶです」

 私は呟く。

グローブをはめ直し、ヘルメットを脱いで一塁へ向かう。

「猫ちゃんっ」

 ゆかりが心配そうに私の名前を呼ぶ。

けれど、私は微笑んで返す。

「大丈夫」

 一塁に立った私は、自分が、世界中のどんな極悪人よりも悪い顔をしている気がした。

不安げに打席に立ったゆかりに視線を送りながら、私は冷徹な目で相手のピッチャーを睨み付ける。

 ――容赦しないと、誓ったじゃないか。

 相手ピッチャーが投げる。

そのときにはすでに、ゆかりは私を見ていない。

ゆかりは目の前のボールに集中している。

その集中力は流石だと思った。

そして私も、自分にできることをしなければ、と思った。

第9話を読む