ホント、バカな大人って嫌いだ。

「いま、なんて?」

 ジャージ姿の安藤先生が、目をぱちくりとさせた。

 クラブの練習が終わったあとだった。

ゆかりと上様以外のチームメイトが教室に帰るのを見計らって、私は顧問の安藤先生に声をかけたのだった。

 私は、何度も言わせないでよ恥ずかしい、と思いながら、胸を張って言った。

「今後、私たち三人が入ったチームが一度でも負けたら、私たち三人とも、クラブを辞めます」

 私たちが通っている、島田小学校のグラウンドだった。

 あーあ、どうして、私は一体いつからこんな熱血キャラになってしまったのだろう。

 たぶん、上様とゆかりのせいだと思う。

私たちは女子ソフトボールクラブ、島田スターマインズのユニフォームを着ていた。

帽子も被って、スパイクも履いていた。

ただ、胸の中の決然とした覚悟だけが、今までと違っていた。

「どうして?」

「上様は、本当はお母さんに勉強するように言われてるんです。将来のために。でも、私たちはそれは間違いだと思うんです。勉強とソフトボール、どちらが将来のためになるかなんて、誰にも分からないと思うんです。だから、決めたんです。ソフトボールの才能がないって分かったら、辞めるって。辞めて、将来のために勉強するって。でも、勝ち続けてる限りは、才能がないってことにはならないと思ったんです。だから、三人で負けたら辞めるってことにしたんです」

 私の背に、ゆかりと上様の手が触れている。

ゆかりとは家でよく話し合った。

上様も、電話で、私の考えについていくと言ってくれた。

上様のお母さんも折れたと言っていた。

 もはや、私たちを遮るものは勝敗という結果以外、何一つとしてなかった。

 いいじゃないか――勝ち負けしかない世界。

 それこそが揺るぎなく立ちふさがる現実だ。

 小学生は大概――負けを知らない。

 なぜかって、知らない間に世界が守ってくれてるから。

 だけど私は知っている――なぜって、私は生まれながらに敗北者だったから。

 両親の借金・不在という敗北を、物心ついたときにはすでに背負っていたのだから。

だけれども。

むしろ私は、今、真夏の積乱雲へ向かって駆け出すような気分すら味わっていた。

そんな気分の前に、田舎の小学校の、スポーツがヘタクソな公務員である三十路手前の安藤先生が、相手になるはずもなかった。

間違ってもこんな大人にはなるまい、と私は思った。

 安藤先生はあっさり折れた。

 ホント、大人ってくだらないって思う。

そして翌日の練習から、先生は責任逃れのために、練習中のミニゲームでは絶対に私たち三人を組ませなかった。

そうすれば、少なくとも私たちは先生の監督下の練習中では、チームを辞める理由を見つけられないから。

先生にしてはうまい方法だった。

そしてその、私たちが分けられるという事情を、「いろんな人と組んだほうが練習になる」という大人らしい。これもまたなかなかうまい言い訳で乗り切ってくれた。

そのおかげで、私たち三人の覚悟はチームメイトには伝わらず、余計な緊張を強いることはなかった。

ゆかりは六年生の先輩に向かってボールを投げ、私は五年生の同級生の球を受けた。

上様はゆかりの球を打ったり、私のリードに手をこまねいたりした。

 流石の私も、当初はこの展開までは予想していなかったものの、これはむしろ喜ばしい結果だと思った。

もしもこんな校内のクラブ活動のミニゲームなんかで私たち三人の将来が決まってしまうなんて事態が起きたりしたら、悔やんでも悔やみきれないじゃないか。

もしもそんなことになったら、私は奇声を上げながら綺麗に植えたコシヒカリたちを踏み荒らして暴れてやる自信がある。

 これで、少なくとも毎月の草野球か、ソフトボールクラブの大会以外では、私たちの運命が決まることはなくなったというわけだ。

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