短編小説『ブリリアント・チーティング』完結

――裏切ってでも、守りたかった。  著:水円花帆

 そしてついに、緊張の初戦――生まれ変わった私たち三人の輝かしい初陣がやってきた。

 その大会は、新潟県内にある女子ソフトボールクラブの一番を決める大会だった。

試合は長岡市河川公園ソフトボール場で行われる。

そして上位二位に入れば長野県で開催される北信越大会への出場権を獲得するというものだった。

 私は、願ってもないと思った。

おじさんたちとの草野球で将来が決まってしまうというのもなんともすっきりしない話だと思っていたからだ。

すでに未来のないおじさんたちに私たちの将来を摘まれるなんて、あまりに辛辣な皮肉だ。

けれど全国大会に繋がる試合であるなら、ふさわしいと思った。

同年代の子供たちを下して自分の未来を掴み取る。

いいじゃないか――きっと私はいま、すごく悪い顔をしている。

 初戦と言っても、実際には一日で二試合だ。

この地区で大会に出場したチームは私たちの島田スターマインズを含め三チームしかない。

そのため、一日で二回の試合を行うリーグ戦によって、順位が決まってしまう。

 もちろん、私たち三人は、上様のお母さんと決めた誓約があるため、一試合すら落とすことができない。

そのことは、チームメイトには最後まで黙っていようということにした。

私たちの負っている緊張感を無闇に広げて、ミスの可能性を高める必要はないからだ。

 無論――私は最初から全力で勝ちを取りに行く腹づもりだった。

私だけが、甲子園のマウンドを見上げるキャッチャーの気分だった。

そしてゆかりは、甲子園のマウンドに上がったピッチャーの気分だろう。

その顔に気負いはなかった。

ゆかりはなんだかんだ言って、私たち三人の中で一番熱いヤツだから。

負ければ即終了。

私とゆかりと、そして上様が意味深に頷き合う。

 ――一試合目が始まった。

長岡フェザーズというチームで、今までにも何度か合同練習や練習試合をしたことがあるチームだ。

無論――私の頭の中には長岡フェザーズの女の子たちの得意不得意のデータが叩き込まれている。

我ながら性格が悪いなあと思いつつ、まずは正攻法で――能力を使わずにゆかりをリードすることにした。

ただし、心の声ばかりは聞こえてきてしまうので仕方がない。

インコースを待っている相手には容赦なくアウトローで勝負し、速球を待っている女の子相手には、遅い球でリズムを崩して討ち取った。

 四番の女の子がバッターボックスに入ったときに――私は嫌な雰囲気を感じた。

 心が読みにくい。

 落ち着いていて、ぼんやりとゆかりの姿だけを見ているような感じだった。

体にも変な力が入っていなくて、来た球を綺麗に打ち返す、そのためだけに構えている、そういう雰囲気だった。

 私はまずいな、と思った。ゆかりはコントロールが良く、緩急をうまく使えるためにピッチャーとして優秀だしリードもしやすい。

けれど、小柄な小学生である以上変化球や決定的なスピードボールを会得するには至っていない。

少し打つのがうまい子がいれば、それだけで得点される危険性がある。

 ここだな、と思った。

そして、それと共に、どんな手を使ってでもゆかりを勝たせるのだという気持ちが、むくむくと春の草のように私の心の中を満たしてゆく。

 私はインコースを要求し、ゆかりは頷いた。

そして、見事なコントロールでそこにボールが投げ込まれる。

私の視界に、鋭いバットの陰が映る――バッターが、バットを振ったのだ。

 私は、能力を使った――二つ目の能力を。

ボールを僅かに、下に動かした。

 カキンッ――バットがボールを捉える音――鋭いスイングで打ち返されたボールは、サードの正面に転がった。

ボテボテのゴロだった。

サードを守るチームメイトがボールを危なげなく拾い、ファーストを守る上様に送球する。

 私は安堵する――もしも力を使っていなかったら、真芯を捉えられて、一気に一点を取られていたかもしれない。

下に僅かにずらしたことで、芯を外したのだ。

相手の四番の女の子が、心の中でおかしいな、と思っていることに私は気づいていた。

けれど、その違和感を証明することは不可能だ。

私が口を割らない限りは。

第7話を読む

 ホント、バカな大人って嫌いだ。

「いま、なんて?」

 ジャージ姿の安藤先生が、目をぱちくりとさせた。

 クラブの練習が終わったあとだった。

ゆかりと上様以外のチームメイトが教室に帰るのを見計らって、私は顧問の安藤先生に声をかけたのだった。

 私は、何度も言わせないでよ恥ずかしい、と思いながら、胸を張って言った。

「今後、私たち三人が入ったチームが一度でも負けたら、私たち三人とも、クラブを辞めます」

 私たちが通っている、島田小学校のグラウンドだった。

 あーあ、どうして、私は一体いつからこんな熱血キャラになってしまったのだろう。

 たぶん、上様とゆかりのせいだと思う。

私たちは女子ソフトボールクラブ、島田スターマインズのユニフォームを着ていた。

帽子も被って、スパイクも履いていた。

ただ、胸の中の決然とした覚悟だけが、今までと違っていた。

「どうして?」

「上様は、本当はお母さんに勉強するように言われてるんです。将来のために。でも、私たちはそれは間違いだと思うんです。勉強とソフトボール、どちらが将来のためになるかなんて、誰にも分からないと思うんです。だから、決めたんです。ソフトボールの才能がないって分かったら、辞めるって。辞めて、将来のために勉強するって。でも、勝ち続けてる限りは、才能がないってことにはならないと思ったんです。だから、三人で負けたら辞めるってことにしたんです」

 私の背に、ゆかりと上様の手が触れている。

ゆかりとは家でよく話し合った。

上様も、電話で、私の考えについていくと言ってくれた。

上様のお母さんも折れたと言っていた。

 もはや、私たちを遮るものは勝敗という結果以外、何一つとしてなかった。

 いいじゃないか――勝ち負けしかない世界。

 それこそが揺るぎなく立ちふさがる現実だ。

 小学生は大概――負けを知らない。

 なぜかって、知らない間に世界が守ってくれてるから。

 だけど私は知っている――なぜって、私は生まれながらに敗北者だったから。

 両親の借金・不在という敗北を、物心ついたときにはすでに背負っていたのだから。

だけれども。

むしろ私は、今、真夏の積乱雲へ向かって駆け出すような気分すら味わっていた。

そんな気分の前に、田舎の小学校の、スポーツがヘタクソな公務員である三十路手前の安藤先生が、相手になるはずもなかった。

間違ってもこんな大人にはなるまい、と私は思った。

 安藤先生はあっさり折れた。

 ホント、大人ってくだらないって思う。

そして翌日の練習から、先生は責任逃れのために、練習中のミニゲームでは絶対に私たち三人を組ませなかった。

そうすれば、少なくとも私たちは先生の監督下の練習中では、チームを辞める理由を見つけられないから。

先生にしてはうまい方法だった。

そしてその、私たちが分けられるという事情を、「いろんな人と組んだほうが練習になる」という大人らしい。これもまたなかなかうまい言い訳で乗り切ってくれた。

そのおかげで、私たち三人の覚悟はチームメイトには伝わらず、余計な緊張を強いることはなかった。

ゆかりは六年生の先輩に向かってボールを投げ、私は五年生の同級生の球を受けた。

上様はゆかりの球を打ったり、私のリードに手をこまねいたりした。

 流石の私も、当初はこの展開までは予想していなかったものの、これはむしろ喜ばしい結果だと思った。

もしもこんな校内のクラブ活動のミニゲームなんかで私たち三人の将来が決まってしまうなんて事態が起きたりしたら、悔やんでも悔やみきれないじゃないか。

もしもそんなことになったら、私は奇声を上げながら綺麗に植えたコシヒカリたちを踏み荒らして暴れてやる自信がある。

 これで、少なくとも毎月の草野球か、ソフトボールクラブの大会以外では、私たちの運命が決まることはなくなったというわけだ。

第6話を読む

 自己嫌悪でうっかり自分を殺してしまいそうになる。

 そのくらい、自分は本当に嫌な奴だなと思った。

「猫ちゃん! 猫ちゃんってば!」

 松城家から、宝塚家へ。

帰路を辿る私に、ゆかりが追いついた。

私とゆかりの背はほとんど変わらない。

私がなんでもないという風な顔をしている一方で、ゆかりの顔は不吉なものを見てしまったというように青ざめていた。

 日が傾いてきていた。

試合の後にまっすぐ学校に向かっていれば、練習できたのにな、と思う。

けれど、今日の上様に練習をしようなどとは流石に言えなかった。

言っても上様のお父さんが認めてはくれなかったことだろう。

「猫ちゃん、さっきの話、本当なの」

「本当だよ」

「負けたら、辞めちゃうの」

「んー、まあ正直言って、もしも負けても私たちが辞めろって言われる筋合いはないよね。上様は嫌だろうけど」

「そうじゃなくて!」

 ゆかりが叫んだので、私は立ち止まる。

 一瞬ゆかりの中に浮かんだ感想を私は見逃せなかった。

 ゆかりは、いつだって私を守ろうとしてくれる。

私が発した憎まれ口に対しても、ゆかりの心は嫌な顔をしなかった。

私がどんなに憎まれ口を叩いても、ゆかりは私の味方でいてくれる。

ゆかりはそういう子なのだ。

たとえゆかりが、親のいない私を同情で守ろうとしてくれているのだとしても、構わない。

だって、私を守ってくれるという結果に違いはないのだから。

だから私はゆかりが好きだし、ゆかりのためならなんでもできると思った。

「なに?」

「勝ち続けるなんて……」

 ゆかりが俯く。

「大丈夫。私が絶対に、二人を負けさせたりしないから」

「でも、」

「なあに、甲子園に出てる高校生の人たちなんて、ほとんど負けたらおしまいなんだから。私たちだけ一足先に甲子園に入ったんだと思えばいいんだよ」

「そんな簡単に、」

 そう――簡単じゃないってことくらい、私だって分かってる。

 なにしろ私たちは、全国に山のようにいる小学生と少しも変わらないのだから。

 だけど――私は、少しだけ違う。

全国で山と積み重なる小学生たちの夢という名の屍に、私は抗ってやると思う。

 上様には才能がある。

ゆかりも頑張ればきっと、優秀なピッチャーになれる。

 そして私には――誰にもバレない技が、二つある。

 心を読めるということ。

 そして、触らずに、離れた場所にあるものを少しだけ動かせると言うこと。

 三人で力を合わせれば、どんな大人にだって負けはしないと思う。

ゆかりは良い子だから不安そうにしているけれど、大人にだって勝てるのだということを、私たちはこれまでにも証明してきたじゃないかと思う。

 その能力のことを、ゆかりも上様も知らない。

私が黙ってさえいれば、絶対にバレない。

 この三人でずっと一緒にいたい。

この暖かな関係性を守るためなら、私はどんなことでもしてみせる。

 帰路を辿る。

ゆかりの心配そうな顔を安心させるために、私は微笑んだ。

 体内に宿る邪悪な気持ちを、ひた隠しにして。

第5話を読む

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